ウエスタンお好み大食堂

スキヤキ・ウエスタンが飽き足らない方はお試しあれ

『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』の公開でウエスタンに注目が集まっている。映画のほうは賛否両論かまびすしいが、目に付くのが「マカロニじゃない」という批判(そういうこという人ほどマカロニ・ウエスタンとは何か知らないやつが多いんだな、これが)。そもそも、マカロニは「なんでもあり」が真骨頂。ウエスタンという上着さえ羽織っていれば、戦争だろうが、カンフーだろうが、ニューシネマだろうが、メロドラマだろうが、ホラーだろうが、何でも取り込んでしまう懐の深さこそマカロニの魅力なのだ。しかも『〜ジャンゴ』の監督は、最初から「これは“スキヤキ・ウエスタン”でっせ」とことわってるんだから、「マカロニじゃない」とか「オマージュになってない」とかいった批判は的外れ。別にオマージュするために映画作ってるんじゃないだろうし。ま、“肉や野菜のゴッタ煮しょうゆ味”ウエスタンを楽しんだ方もそうじゃなかった人も、世界の珍味ウエスタンを味見してみては?
 
ソーセージ・ウエスタン
 
 そういう名称があるのかわかんないが、ドイツ製ウエスタンをとりあえず我々は「ソーセージ・ウエスタン」と呼ぶのである。「アイスバイン・ウエスタン」でもいいけどさ。ドイツ(当時は西ドイツ)はマカロニ・ウエスタンにも重要な役目を担っていた。共同制作として『荒野の用心棒』はじめ多くのマカロニに参加。クラウス・キンスキーなど、重要な俳優も輩出した。なのに、なぜか、監督やスタッフにはあまりドイツ人はいなかった。どうしてなんでしょうね。第二次大戦の影響でイタリア人が一緒に働くのを嫌がったのでしょうか。
 実はイタリアより先にウエスタン・ブームに沸いたのは西ドイツ。カール・マイという一度もアメリカにすら行ったことのない作家が書いた西部小説「ウィネットー」シリーズが大人気を呼び、ハラルト・ラインル監督による『シルバーレークの待伏せ』が作られたのが1962年(西ドイツ公開は12月)、続いて『アパッチ』(63)『夕陽のモヒカン族』(64)『大酋長ウィネットー』(65)が作られた。主人公のウィネットーはフランス人のピエール・ブリス、インディアンのオールド・シャターハンドを元ターザン俳優のニューヨーカー、レックス・バーカーが演じるという、主演俳優出稼ぎ方式なのも感慨深い。日本でもマカロニブームに乗って全4作が公開されたが、真面目で地味な内容、暗いロケーション(主にユーゴスラヴィアで撮られた)のためかドイツのように大ヒットとはいかなかった。ヨーロッパではDVDも発売されている。
 ドイツはマカロニ大国でもあり、ウエスタン人気は今も昔も高いようだが、近年も『マニトの靴』(01)なる珍妙なコメディウエスタンが作られ記録的大ヒット、驚いたことに日本でも公開された。DVD題名は『荒野のマニト』になってますが、レンタル屋さんにあるでしょう。内容は……うーむ、でしたな。
 
Der schuh des manitu
 


ボルシチ・ウエスタン
 
 マカロニ・ブームの頃は“鉄のヴェール”に覆われていたソヴィエト連邦なので、実態は不明。たぶん、「資本主義的退廃の顕著な例」とかいって差別されていたんではないだろうか。国営の撮影所から優秀な監督が作って芸術映画や量的にハリウッドを凌駕した超大作戦争映画は西側(日本を含む)でも公開されていたが、その中の異色作がニキータ・ミハルコフ監督の『光と影のバラード』(74)。革命戦争時、政府軍から運ばれた金貨が盗賊団に奪われてしまう。それを追う赤軍の兵士、襲ってくる白軍兵。広大なロシアの風景、馬、銃撃戦、列車、男の友情……どこをとってもウエスタンじゃないかと喜ばせてくれた。後に『黒い瞳』(87)でイタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニまで登場させたミハルコフ監督、なんだかレオーネを連想させるロマンチシズムがたまらん! ボルシチも一見無骨なのトマトシチューみたいなのに、サワークリームを入れるとあら不思議、優しくておいしい味が口いっぱいに広がる。そんな感じでしょうか。
 偶然モスクワのDVDショップで見つけたのが本邦未公開の1966年度作品『Neulovimye mstiteli』、英訳をたどって日本語化すれば「不敵な復讐者たち」、でしょうか。生まれも育ちも違う4人の少年たちが馬を駆り列車を襲い、平和な村を襲ったにっくき盗賊団に復讐する痛快アクション。夕陽に向かって去っていくラストなんて、まさにマカロニ! ギター弾きがいたり、モーゼル銃も登場するし、風景はまるでウエスタンな一本。なんでも続編もあるらしいが……。まだまだロシアの大地には意外な「ボルシチ・ウエスタン」が眠っているかも。


 
トムヤムクン・ウエスタン
 
 数年前に各国の映画祭や渋谷の映画館で喝采を受けたのがタイ製アクション映画『快盗ブラック・タイガー』(00)だ。物語は典型的なメロドラマンなんだが、リボルバーを射ちまくる強盗団と警察の戦いが背景にあるので西部劇みたい→タイだから「トムヤムクン・ウエスタン」と呼ばれることに。80年代にハリウッドで流行ったポップでカラフルな映像にアジアン・テイストを加えて、トムヤムクンというよりペパーミントやメロンソーダみたいな味わいだが、どうみても監督はセルジオ・レオーネを研究してると思わせるスタイルもあって、ほほえましく楽しい仕上がり。胸を撃たれた! と、思ったら胸ポケットにハーモニカ入れてて助かった、なんてお約束な展開も。あ、それた『荒野の1ドル銀貨』か。全体的には、マカロニというより日活無国籍アクションみたいでした。
 
Tears of the Black Tiger – NOW ON DVD
 

 
トルティーヤ・ウエスタン
 
 マカロニも『ガンマン大連合』『夕陽のギャングたち』などメキシコ革命を舞台にした作品がいっぱいあったが、当然メキシコでもウエスタン映画は大量に作られていた(日本では一切未公開だが)。60年代にはジョン・ウエインがメキシコ中部のデュランゴに大オープンセットを作り『勇気ある追跡』(69)『大列車強盗』(73)などのウエスタンを製作したのは、なんとなくスペイン・アルメリアを目指したイタリア西部劇に似ている気もする。サム・ペキンパーが『ワイルドバンチ』(69)を撮影したのも、そんなウエスタン副都心メキシコだが、そのペキンパー組の特殊撮影技術をいただいて作られたのがアレハンドロ・ホドロフスキーの『エル・トポ』(70)だ。特殊撮影といっても、それは撮影用の血糊のことで、コンドームに血糊を入れて火薬で爆発させる方法をペキンパーたちハリウッドの撮影隊から教えられたということ。で、ホドロフスキー自らが演じる「エル・トポ=もぐら」は黒づくめのさすらいのガンマン。汚い手を使っても、砂漠に住む4人の銃の達人を順に倒していく。後半は「もぐら」らしく、本当に穴を掘る話になっちゃったり、ガンマンが公卿を続けるお釈迦様に見えちゃうほど哲学的というか東洋的宗教観に、かのジョン・レノンが感動して配給権を買ったといわれている。その後、パリに移り住んだボヘミアンのホドロフスキーは続編「エル・トポの息子」をスペイン・アルメリアで撮影するという噂もあったが、どういうわけか立ち消えになった模様(レノン亡き後、やっぱり出資者がいないのか)。
 
El Topo (1970) – Trailer
 

マルミタコ・ウエスタン
 
 メキシコがウエスタンの副都心なら、スペインはマカロニの聖地だ。特に南部アルメリア地方の荒れ果てた風景は、一目見ただけでマカロニ・ファンの心を強烈に揺さぶるんだなこれが。イギリスのパンク監督アレックス・コックスが、廃墟となったウエスタンのセットを活かしてマカロニ・ギャング・アクション(でもコメディ)『ストレート・トゥ・ヘル』(86)を撮ったときも、そしてアレックス・デ・イグレシア監督が『マカロニ・ウエスタン 800発の銃弾』(02)を放ったときも。特に『マカロニ・ウエスタン 800発の銃弾』は、今は映画村になったかつての西部劇ロケセットに住みついているウエスタンショーの役者たちが、観光開発のためにセットをぶち壊そうとする業者や警察相手に、なけなしの金で買い込んだ800発の実弾だけで立ち向かう泣けるストーリー。『ニュー・シネマ・パラダイス』なんかより、よっぽど映画愛を感じさせるいい映画だ。主人公のおっさんがクリント・イーストウッドのスタンドインだったという自慢話が最後に生きてくる展開もジーンと来る。ああ、やっぱりスペインの人はマカロニを愛してるんやねえ。
 監督のイグレシアさんはスペイン北部のバスク出身で、そこの名物料理マルミタコ(ツナとジャガイモの煮込み)にひっかけて「マルミタコ・ウエスタン」と名づけたそうな。なのに日本の配給会社は勝手に「マカロニ・ウエスタン」とつけちゃって話が混乱、妙な邦題のおかげで全然客が入らなかった。『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』も題名の元ネタはこれらしい。
 
Escena de la pelicula 800 balas
 

 
 ほかにも、イタリアの血が入っていないスペイン純潔の西部劇パエリア・ウエスタン、フランス人が出てくるクロワッサン・ウエスタン(ウソ)などがあるが、いかがでしょう。あ、そういえば、日本にはマカロニよりも歴史の長いテンプラ・ウエスタンあるいは味噌汁ウエスタンがありますが、それはまた別の話で、にしましょうか。