『続・夕陽のガンマン』アルティメット・エディション

セルジオ・レオーネ&クリント・イーストウッドのコンビ第3作にして最大の傑作『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』のアルティメット・エディション版。日本発売は 2004年11月05日。題名はシンプルに『続・夕陽のガンマン』。「地獄の決斗」がないのは残念だが、本編にはもちろん「墓場の決斗」もあるし、今までイタリア版でしか見られなかった16分間の未公開シーンが本編に加えられ、イーストウッドとイーライ・ウォラック本人が新たに英語のセリフを吹き込んだ(リー・ヴァン・クリーフは故人のためサイモン・プレスコットなる俳優=アメリカで日本のアニメの英語吹き替えをよくやってる人=が担当)まさに完全版なんだから、,文句は言うまい。残念なのは、アメリカでは劇場公開までされたのに、日本では劇場上映がなかったことか。ちなみに、最後に日本で上映されたのは、フィルムセンターでイタリアから借りてきた完全版が上映された2002年2月。

ジョージ・ルーカスやマーティン・スコセッシは、イーライ・ウォラックがサッドヒル墓地を駆け回る場面を何度も見て映画の編集を学び、アレックス・コックスは『ストレート・トゥ・ヘル』でオマージュを捧げてポーグスに主題歌をカバーさせ、クエンティン・タランティーノは『トゥルー・ロマンス』で主人公の好きな映画としてセリフで題名を言わせ、大いに影響を受けて『パルプ・フィクション』を作り上げた。まさに映画史上に残る正真正銘の名作だ。

世の中には2種類の人間がいる。決闘に勝ったブロンディー(クリント・イーストウッド)がトゥコ(イーライ・ウォラック)に言う。
「人間には2種類ある。弾の入った銃を持つ奴と地面を掘る奴だ」
ブロンディーは前の晩にトゥコの銃から弾丸を抜いていたのだ。
クリストファー・フレイリングの名著「セルジオ・レオーネ/西部劇神話を撃ったイタリアの悪童」を読むと、このセリフは英語吹き替え版を作ったスタッフが生み出したと書いてあるが、実はそうではない。その証拠が、このアルティメット・エディションに収録されている。本編38分16秒から始まる「岩屋のシーン」。これは、イタリア版にすら収録されていない場面で、今回のDVD化にあたって初めて復元されたトゥコが昔の仲間を呼びに行く場面だ。この後にホテルで休んでいるブロンディーをトゥコが襲う時、なぜかトゥコの部下みたいなのが一緒にいて、あっという間にブロンディーに撃ち殺される。こいつらが何者かが分かる物語的には重要な部分。トゥコは地下にある洞窟のような岩屋へ一人で入っていく。そこには誰もいないのだが、トゥコは誰かに聞かせるように独り言を続ける。
「人間には2種類ある。友達が多い奴と俺みたいに孤独な奴だ」
その後に金になる話をすると、上からロープが3本降ってきて荒くれ者たちがするすると降りてくる忍者映画みたいな演出が笑える。
レオーネは最初からこのセリフを繰り返して強調させていたのだ。まあ、この2種類の人間って言い方は昔からよく使われてるようでゴダールもなんかの作品でアンナ・カリーナに言わせてた気がするし、どこかの哲学者か思想家も使っていた。それでも“2種類の人間”といえば『続・夕陽のガンマン』だ。今回のDVDに収録された日本語音声では山田康夫がルパン3世みたいな声(当たり前か)で言い放つ。
「この世の中にはな、2種類の人間がいるんだ。銃を構える奴に…穴を掘る奴だ!」

2種類の人間がいると言ってるのに映画の題名は3人の人間についての話だ。「THE GOOD, THE BAD& THE UGLY」。英語題を直訳すれば「いい奴、悪い奴、酷い奴」。今回の字幕では「善玉 悪玉 卑劣漢」。日本語吹き替えでは「いい人 悪い奴 汚ねえ奴」。演じているのは、それぞれイーストウッド、リー・ヴァン、ウォラックなのだが、この題名にはレオーネの仕掛けた壮大な罠がある。普通に考えれば、世の中には「いい奴と悪い奴」で十分のはず。しかし、実際は「卑劣漢」こそが重要なのだ。それは映画を見ればよく分かる。「いい奴」のブロンディーは相棒のトゥコを見限って荒野に放り出して去ってしまう、実は酷い奴だったりする。まあ、『荒野の用心棒』以後、誰がどう見てもイーストウッドは主役だから「いい奴」なんだろうが、うがった見方をすれば、背の高い白人=典型的なアメリカ人、だから髪は茶色なのにブロンディー(金髪)と呼ばれて「いい奴」なのだ。なにやらナチス・ドイツのアングロサクソン優越主義に通じるような気までする。「悪い奴」であるセテンサは徹底的に悪い奴。金のためなら北軍の軍曹にまでなりすます(過去を背負っていた『夕陽のガンマン』や『新・夕陽のガンマン/復讐の旅』に比べて、ここでのリー・ヴァンの役に深みはあまりない)。そしてウォラック演じるトゥコは「酷い奴」にはあまり見えない上、狂言回しのように見えて実は主役だ。3人全員が金を求めて荒野をさまよっているのだが、映画はトゥコの行動を中心に話を進めていく。そもそもトゥコがブロンディーを殺すために砂漠に踏み込んだからこそ、瀕死の兵士に出会い20万ドルの隠し場所を知ることが出来たのだ。
本DVDにはアメリカの映画史家リチャード・シッケルによる音声解説が入っているが、トゥコが拷問を受ける場面で「面白いことに主人公は拷問を受けない」と言い切っている。おいおい違うよ。『荒野の用心棒』のイーストウッドも、『続 荒野の用心棒』のジャンゴも拷問されていたようにマカロニの基本は“主人公が拷問を受ける”のだ。だから、本作ではトゥコが拷問されるわけだ(実はブロンディーも砂漠でぼろぼろにされてはいるが)。

また本作は南北戦争を背景にしていて、反戦的な描写がけっこうある。このあたりは純粋マカロニファンには不評のようだが、今見直すとレオーネはとても普遍的で重要な真理を伝えていることに気づかされる。戦争は本当にバカバカしい。ブロンディーでさえ「無駄死にだ」と嘆く。そしてブロンディーとトゥコ(いい奴と汚い奴)は橋を爆破しておろかな戦闘をやめさせる。一方でセンテンサ(悪い奴)は北軍兵になりすましてでも金を探そうとしている。部下を引き連れているのも何か象徴的だ。悪い奴は戦争を利用して金を儲けようとする。いい奴の腕がよければ悪い奴ひとりを殺すことは出来るのだが、戦争を止めるにはいい奴ですら酷い奴の力を借りなくてはならない。なんだか現在の世界状況にも当てはまるようなことではないか(でもアメリカじゃあ悪い奴が生き延びてるなあ)。

追加されたシーンを簡単に解説しておこう。
1. 岩屋(38分16秒〜41分31秒あたり)
前述したトゥコと手下の再会場面。イタリア版にも以前出たDVDにも収録されていない。「生きるために働いてるのに、なんで死ぬほど働くんだ」(意訳)とトゥコが意味深な合言葉を繰り返す。
2. 南軍の砦(49分35秒〜53分51秒あたり)
リー・ヴァンがビル・カーソンの行方を追ってやってくる。傷病兵を見て、一瞬だが顔を曇らすのが印象的。
3. 砂漠(1時間2分31秒〜1時間4分45秒あたり)
砂漠で日干しにされたブロンディーの目の前で楽しそうに貴重な水で足を洗うトゥコ。
4. 南軍の検問(1時間13分30秒〜1時間15分3秒あたり)
金のありかを聞いたブロンディーを助けるためにトゥコが馬車を走らせると検問にあう。検問官はどっかで見た顔だと思ったら『ウエスタン』冒頭の駅員だ。
5. 馬車の旅(1時間29分16秒〜1時間30分3秒あたり)
北軍につかまる前のシーン。死体を見ながら嘆くブロンディー。
6. セテンサの手下(1時間51分26秒〜1時間53分7秒あたり)
一瞬の早撃ちで忍び寄った男を打ち倒すブロンディー。セテンサの手下と知って「6人なら完璧な数字だ」と言うのは『ダーティハリー』に通じる。イーストウッドによる新録部分。
7. 北軍の前線での隊長との会話(2時間14分50秒〜2時間15分48秒あたり)
名前は? と訊かれ口ごもるトゥコとブロンディー。「名前など、どうでもいい」と隊長。アメリカではイーストウッドの役は「名無し」とされたが、こんなところにその理由が? というより、これは最後の墓探しへの伏線かも。
8. 爆薬(2時間26分55秒〜2時間27分37秒あたり)
治療を受ける隊長と爆薬を仕掛けるトゥコとブロンディーのシーンが少し長くなっている。

先に発売されたDVD『ウエスタン/スペシャル・コレクターズ・エディション』はクリストファー・フレイリング博士やアレックス・コックス、ジョン・カーペンター、ジョン・ミリアスらが交互に登場する豪華な音声解説が付いてて、しかもそれぞれがレオーネ愛やマカロニ愛に溢れていたので映画ファン感涙、3時間が短かすぎるぐらいだったが、今回はアメリカを代表する映画史の先生が解説しているのが別の意味で楽しめる。「当時のアメリカでは人が銃で撃たれて死ぬのを直接的に描写することはタブーだった」などのアメリカの検閲話は面白い。「このゆったりしたテンポが私は好きだ」と言っておきながら別の場面では何度も「この場面は長すぎる」とため息をついてるのも笑える。しかも後半は疲れたのか沈黙が多くなる(笑)。

日本語吹き替え版は、イーストウッド=山田康夫、リー・ヴァン=納谷悟朗、ウォラック=木塚周夫による「日曜洋画劇場」放映版だ。オリジナル版では字幕だけの3人の紹介部分に「俺 いい人」「俺 悪い奴」「俺 汚ねえ奴」とセリフがかかる演出はやはり秀逸。セテンサのあだ名が英語では「エンジェルアイ」なのに「ハゲタカ」、見たまんまじゃないか。でも、最高なのはやっぱりトゥコが最後に十字架の上に立たされて首吊り状態になりブロンディーに助けを求めるシーン。オリジナルは名前を呼ぶだけだが、日本語は「ごめんなさーい」。これでしょ、やっぱり。ちなみに日本語の吹替えがない部分は字幕になってます。

特典映像も見逃せない。イーストウッドやウォラックが楽しそうに昔話をするドキュメンタリーが2本(20分と24分。マカロニ大プロデューサーのアルベルト・グリマルディも登場!)、さらにテクニスコープで撮影された映画をいかに復元したかといったメイキング(11分)、西部における南北戦争の歴史を教えてくれる短編(15分)も入ってる。エンニオ・モリコーネの音楽について(8分)、さらになぜか静止画に音楽についての音声解説(12分)がついているのだが字幕はなく、翻訳が紙に印刷されて封入されている。最近アメリカ映画の旧作DVDでは特典映像に字幕がないものがけっこうあるから親切な仕様といえるだろう。すごいのは、未公開シーンとして収録されているスチール写真と、フランス版予告編(これも特典に収録)に残っていた未公開カットで構成された本当の幻の「ソコロのシーン」再現。イーストウッドが女とベッドインしているスチールは一部では有名だったが、どんな場面なのかさっぱり分からなかった。その謎がついに解けたのだ。有名なアメリカ版の予告編も当然収録。何が有名って、ウォラックが「悪い奴」、リー・ヴァンが「酷い奴」になってるバージョンなのだ。これはイタリア語の題名が「IL BUONO, IL BRUTTO, IL CATTIVO(=いい奴 酷い奴 悪い奴)」と英語と違う順番なおかげで混乱しちゃったためにおきたと思われる大間違い。おかげでアメリカでは、リー・ヴァンといえば「ミスター・アグリー=酷い奴」になってしまい、『復讐のガンマン』のポスターにも書かれてるほど。さらに隠しコマンド(メニュー画面でバッジや大砲を見つけて押す!)でイーストウッドとウォラックのインタビュー4本が見られるんだが、そんなことまでやってたらまた徹夜だよ!